わたしを取り戻す朝

わたしを取り戻す朝

わたしを取り戻す朝



第4話 白線の内側


エンジンをかける。

土曜の朝は、
道が静かだ。

いつもの交差点を
そのまま進む。

遠回りではない。
今日は、
迷ってもいない。

街路樹の道に入ると、
胸の奥が
少しだけ整う。

木々の間から
ガラス張りの建物が見える。

トレッドミルは
もう動いている。

早い時間なのに、
人がいる。

ハンドルを握る手が
わずかに強くなる。

通り過ぎるだけ。

そう決めていたはずだった。

けれど、
ウインカーが
先に点いた。

自分でも
少し驚く。

駐車場の入口は
思ったより
入りやすかった。

タイヤが
白線の内側に収まる。

エンジンを止めると、
急に静かになる。

鼓動だけが
はっきり聞こえる。

来ただけ。
まだ何も
始めていない。

フロントガラス越しに
建物を見上げる。

光が
まぶしすぎる
わけではない。

派手でもない。

ただ、
淡々と
そこにある。

ドアを開けると、
冷たい空気が
頬に触れた。

一歩、
白線を越える。

引き返す理由を
探そうとしたが、
うまく見つからない。

ただ歩くだけ。

あの言葉が、
もう一度浮かぶ。

木製ドアの前で
足が止まる。

深呼吸をひとつ。

五十二歳。

今からでも、
遅くはないだろうか。

ガラスに映る
自分の姿は、
少しだけ
背筋が伸びていた。

ドアを、
静かに開いた。

記事一覧へ

カレンダー

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

最新記事